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「その三」で書き漏らしましたが、北朝後圓融天皇からの敕額「日本曹洞第一道場」はその後、第一〇五代後奈良天皇より「日本曹洞第一出世道場」として追認を賜はり、さらに第一〇七代後陽成天皇より重ねて「日本曹洞の本寺竝びに出世道場」の諭旨を賜はつてゐます。
(寫眞上)
永平寺七堂伽藍のうち最も小高い場所にある「法堂(はっとう)」の内部です。
ここは禪師の説法の道場ださうで、朝の勤行や各種法要などもここで行なはれるさうです。中央には「聖觀世音菩薩」が祀られてゐるさうです。階段の左右に置かれてゐるのは阿吽の白獅子です。
(寫眞中)
左側の建物は先にご紹介した「佛殿」ですが、その奧に見えるのが「大庫院(だいくいん)」で、ここの一階には食事を作る「典座寮(てんぞりょう)」と呼ばれる臺所、二階には來賓接待の間があり、三階には「菩提座(ぼだいざ)」と呼ばれる一五〇疊敷の大廣間があります。
(寫眞下)
大庫院の入り口を入つたところにある「法喜禪悦」の額。永平寺六七世元峰禪師による揮毫です。中央に祀られてゐるのが足の早さで有名な「韋駄尊天(いだそんてん)」です。この裏で一山大衆、すなはち修行僧や參籠者の食事である三度の「弁食(べんじき)」が作られてゐます。
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