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▼日本海海戦における三笠の無線電信機の損傷17
『軍艦三笠戦時日誌』における無電受信以外の記述(其の十三)
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「戦闘詳細附録第一号」(五月二十七、八日の戦闘詳報の附録)
(この中に多くの調査表がある中の「水雷科破損箇處調査票」の中の後半に無電関連があります。なお前半は電気配線や艦内電話関連で、省略します)
前部無線電信室引入口絶縁用エボナイト板 二枚 敵弾前部潜水器室破壊セシ際破損
三十珊感応線用エボナイト覆 一枚 同右
耐風雨無線電信垂直線 一個 後「メントップマスト」切断墜落セシ際
無線電信垂直線碍子 十一本 同右
(メントップマストとは後部のマストのことで、後部が主マストです。これが途中で折れてしまったことは前に記したとおりです。ですからこれに伴ってそこに張られていたアンテナが後部無電機用も前部無電機用も墜落破損したことは当然ですが、この表に「一個」と記されているのは、たぶん、前部無電機用は落ちたのち回収して使用出来たからでしょう。また前部の無電機室もかなりの被害にあっていたことが分かります。三十珊感応線とは、大小二種あったインダクションコイル(特殊なトランス――変圧器)のうち小型の方です。ですから大型の五十珊の方が使えたことになります)
(同じ附録の中の「二十七日の死傷者原因詳表」の中につぎの無電機関連があります)
午後六時四十五分 敵十二尹弾薬剤室天蓋ヲ貫キ炸発 無線電信係 前部無線電信室ニアツテ電池器飛テ額ヲ打ツ 一曹 岡部吉之助 前額挫傷(軽傷)
(幸いなことに、無線電信係の兵士たちの死者や重傷者はいなかったようです。それにしても12インチの敵主砲が近くで炸裂した振動で電池が飛び跳ねて額にぶつかったのですから、相当な衝撃が無電機全体に加わったことがわかります。それでも壊れなかったのは、開発者たちが「丈夫で扱いやすい」をモットーにして苦心した成果だったといえます。外国製ではそのような配慮がなく、また日本でも大学教授が同じころに造っていた無電機もそのような配慮がなく、軍艦に積むととても壊れやすかったらしいです)
[続く]
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