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奈良時代にこんなことが−一言主大神は語る

 投稿者:ハチマキおじさん  投稿日:2009年10月31日(土)09時44分38秒
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  4.聖武天皇の御代(724〜749)

4.14 「天平」と改元(天平元年(729)八月)
 六月二十日のことじゃが、左京職が亀を献上した。長さ五寸三分、幅四寸五分で、その背中には、「天王貴平知百年(天皇は貴く、平和な治世は百年に及ぶであろう)」という文字があったのじゃ。これを大変目出度いこととして、八月五日に天皇は詔を出された。
「… 京職の大夫・従三位藤原朝臣麻呂らが文字を背にもつ亀を献上…、これは太上天皇(元正天皇)の厚く広い徳を蒙り、高く貴い行いによって現れた大瑞である。… この大瑞は天神・地祇がともに嘉として祝福されたがために顕された貴い端(しるし)である。そこで神亀六年を改めて、天平元年として、天下に大赦を行い主典(さかん)以上の百官の者に冠位一階を上げることをはじめとしてさまざまな恩恵を与えよう。…」
天平文化などとして耳になじんでおる天平時代が始まったわけじゃ。その「天平」は、亀の背中の文字がもとじゃった。そして、七四九年まで二十年間続くことになるのじゃ。

 ところで、実際に亀を捕らえたのは河内国古市郡の人で、無位の賀茂子虫(こむし)じゃった。子虫には従六位上が授けられ、アシギヌ二十匹、真綿四十屯、麻布八十反、貸し付け用の稲二百束が与えられた。また、唐から来日した僧の道栄には、子虫を教導して亀を献上させたとして、従五位下の位階になずらえて緋色の袈裟と物が施された。位階相当の禄は、令の規定により与えられたのじゃ。道栄については、養老四年の記事にもあるが、経典を読む際の節回しの統一にも関与していたようじゃ。

 天平時代は、天然痘の大流行や藤原広嗣の乱、繰り返される遷都など必ずしも平和を謳歌できたわけではないが、薬師寺の東塔、興福寺の五重塔が建てられ、東大寺の大仏、国分寺・国分尼寺の創建など多くの仏教文化が花開いた時代ではあった。「天平文化」のもつなにやら懐かしい響きは、これが我が国の文化の基礎となっていることを心に訴えておるのかもしれんの。

http://www12.ocn.ne.jp/~koushin/

 
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